立山黒部ジオパーク 高低差4000mロマン 立山黒部ジオパーク 高低差4000mロマン

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朝日ジオエリア

ヒスイ海岸(宮﨑・境海岸)

ヒスイ海岸ジオサイト | 朝日町

蓮華変成岩帯が供給源と思われる蛇紋岩・透閃石岩・ロディン岩・砂泥質片麻岩・ひすい輝石岩などの漂礫を採集することができる。

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宮﨑城跡

ヒスイ海岸ジオサイト | 朝日町

富山県内最古の山城の一つで、越後と越中の国境近くに位置する。黒部川扇状地と宮﨑海岸を眺望できる。

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境一里塚

境川ジオサイト | 朝日町

北陸道で越後より越中国に入る最初の一里塚で、加賀藩領東端に位置し、街道をはさみ南北に一つづつ作られ、北側の塚は五間四方(約82㎡)の規模に盛土して、榎が植えられていた。

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境関跡

境川ジオサイト | 朝日町

北陸道で越後国と越中国の境にある関で、施設は海辺や海上渡航を改める「浜御関所」、北陸道通行を改める「御関所」、海上を見張る「御亭」(昭和58年復元)藩主の宿舎の「御旅屋」等が置かれた。

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黒部川扇状地ジオエリア

塩工場跡の清水

黒部川扇端湧水ジオサイト | 朝日町

・朝日町泊の市街地近くの海岸の防潮林に湧く清水。
・北側は日本海、南側は昔、小川や黒部川が造成した扇状地の扇端に開けた水田。
・戦後まもなく塩不足に対処するため北陸配電(株)が製塩工場を稼働させ、その時にこの清水場が作られた。工場は昭和28年ごろに廃止されたが、名と清水が残った。

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小川の清水

黒部川扇端湧水ジオサイト | 朝日町

・小川河口右岸約500mに位置し、堤防に並行して作られた自然堤防と堤防の間に湧く清水。
・堤防を挟んで隣接する内水面漁協が鮭のふ化に利用。

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杉沢の沢スギ

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・昭和48年海岸近くに群生する杉の自然林が珍しく、国の天然記念物に指定された。
・黒部川扇状地の扇端部には自由地下水による湧水地帯があり、杉や雑木等が繁茂していた。
・沢杉の中に湧く水は昭和60年に環境庁から名水百選で「黒部川扇状地湧水群」の一つとして選定された。
・昭和30年代の圃場整備で町内約45haあった沢杉林は開墾され、2.7?のみとなった。

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園家山砂丘

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・明治28年7月30日三角点設置。
・園家山の三角点は一等三角点で県内で6箇所あるうちのひとつ。
・砂丘にはキャンプ場が設置され、掘り抜き井戸による炊事場や掘り抜き井戸の水位表示筒がある。

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入善海岸深層水パーク

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・海岸から急に深くなる富山湾の特徴を生かし、海底384mの地点から日本海固有水といわれる海洋深層水をポンプアップしている。
・深層水はほとんど汚れが無く、ミネラル分も豊富で脱塩水、濃縮深層水、原水などが供給されている。
・深層水の1~2℃の水温という特徴を生かして隣接の米飯加工工場へ冷却エネルギーとして供給し、熱交換して温度上昇後の深層水を受けて牡蠣の蓄養等が行われている。

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入善沖海底林

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・昭和55年に吉原海岸沖0.5~1kmの海底で発見された埋没林。
・樹種はハンノキ、ヤナギ等で、杉沢の沢スギにある杉はない。
・海底林は樹木の根元部分が多く、海底谷の崖の部分から産出し、深さ40mで1万年前、30mで9千年前、20mで8千年前と深さにより海底林の生育年代が異なっている。
・この海底林は古い黒部川扇状地の形成と日本海の海面の低下と上昇があったことを示す。

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生地の清水

黒部川扇端湧水ジオサイト | 黒部市

・生地の旧市街地を通る旧県道沿いには多くの湧水「清水(しょうず)」があり、地区の人々の清掃等の管理のもと、共同洗い場として利用されている。
・代表的なものは写真の「清水庵の清水」の他「神明町の清水」「岩瀬家の清水」「前名寺の清水」等がある。

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清水の里

黒部川扇端湧水ジオサイト | 黒部市

・あいの風とやま鉄道生地駅の駅前広場に施設された自噴水の水飲み場。
・駅前の東側には湧水を使った公園が整備されている。
・昭和60年の環境庁指定名水百選「黒部川扇状地湧水群」の選定に際し対象となった湧水の一つ。

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扇状地湧水公苑

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・県道生地入善線に隣接して設けられた自噴水に関する公園。
・四隅には丸石による円錐形の石積みとギリシャ風の円柱に囲まれた広場に女神の像や湧水の噴水が施設されている。
・公園の入り口の建物にはこの地の伝説等のパネルが展示されている。

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高瀬ゆう水の庭

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・昭和60年に環境庁が名水百選に選定した「黒部川扇状地湧水群」の湧水の一つ。
・県道に接し湧水場が2つあり。西側、東側ともに38m~40mといわれている。
・美味しい水として県内外から水を求めて訪れる人が多い。

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じょうべのま遺跡

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・扇端の海岸近くで発掘された平安~鎌倉時代にかけての建物の跡。
・出土品に西庄や寺と書かれた土器、上白米五斗と書かれた木簡などがあり、寺に関係した荘園の管理所ではないかと考えられている。
・遺跡中央を海(北)へ向かい流れる川の跡があり、川の西側から平安時代前半の建物跡が20棟以上や土器、木簡が出土した。川の東側からはやや小さな建物跡と中国製の磁器や珠洲焼、瀬戸物が出土した。鎌倉時代と想定されている。

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村椿(飛騨)の清水

黒部川扇端湧水ジオサイト | 黒部市

・黒部市飛騨公民館の玄関前の水飲み場。
・黒部川に近く(約300m)、水温は年間を通じ約10度前後。

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月見嶋の清水

黒部川扇端湧水ジオサイト | 黒部市

・生地の新治神社の境内にある池に湧く清水。
・昔生地地区の東側にあった「越の湖」のなごりといわれる。

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名水公園の清水

黒部川扇端湧水ジオサイト | 黒部市

・黒部漁港に隣接して港湾環境の整備を目的に設置された公園に湧く清水(自噴水)。

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古黒部の集落

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・入善町古黒部は寛永14年(1637)に墓ノ木からの黒部川の分流がせき止められたことから分流の流域が開拓が可能となって逐次入植開墾が行われた。地名も古い黒部川が流れていたことを表す。開村は寛永15年(1638)で隣接の藤原は寛永12年。
・江戸初期から開拓が進められたが、この時代の開墾地に見られる散居村の形態は一部に見られるだけで大部分は冬街道と舟川新への幹線道路に沿って家がある。

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下新川海岸

黒部川扇端湧水ジオサイト | 朝日町,黒部市

・臨海扇状地である黒部川扇状地は海岸近くまでの急な海底傾斜や高波等により、江戸時代以前から海岸浸食に悩まされてきた。
・海岸浸食は黒部川等による土砂の供給が減少した昭和40年代から海岸での砂浜の消滅が起こり、防波堤やブロックによる護岸、離岸堤や副離岸堤、有脚式離岸堤など下新川海岸には日本3大浸食海岸として様々な対策がいち早く取り入れられている。

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荒俣海岸

黒部川扇端湧水ジオサイト | 黒部市

・黒部川河口左岸に発達した砂浜。海岸浸食の進む下新川海岸にあって唯一海岸に砂浜が残る。
・海岸は地元荒俣集落の人々の努力で清掃活動や海浜植物の保護などが行われている。
・海岸では波打ち際で砂鉄の採集が出来る。

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箱根の清水

黒部川扇央ジオサイト | 黒部市

・江戸時代の北陸道の夏街道の脇に湧く清水。
・箱根とは「大きな山」「神聖な山」を表す言葉。

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黒部川の堤防と治水設備(霞堤)  

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・急流河川に見られる上流側へ向かって逆ハ型に重ねたように不連続に続く堤防。
・堤防が決壊してあふれた水を河道へ戻したり、2重3重の堤防として河道側の堤防が決壊しても次の堤防で対応し堤防決壊の拡大を防ぐ。
・河道の水位が上がった時、堤防の隙間となる場所に一時的に水を貯え水の勢力を減ずる。

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黒部川の水神碑 

黒部川扇央ジオサイト | 黒部市

・水神碑は石碑のように岩石を組み合わせ積み上げられている。
・黒部川では左岸側に2箇所、堤防に隣接している祀られている。
・写真と位置の経度緯度は黒部市沓掛の旧国道の左岸橋詰のもので、もう1箇所は黒部市若栗の権蔵橋左岸橋詰上流側にある。(時代昭和32年、緯度経度 N36.884094 E137.504723)

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小摺戸の旧堤防

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・現在の黒部川右岸堤防から200m程離れて高さ1m近い土盛りが約200m続き、上に赤松が植えられている。
・黒部川扇状地では川除(カヤケ)と呼ばれ、集落周辺や堤防近くに多く見られた。

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黒部川扇状地の散居村

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・黒部川扇状地の扇央部から上流側は、江戸時代初期前後から開かれた集落が多く、その大部分が屋敷林のある散居の形態をしていた。
・散居の形態となったのは、元禄時代頃から土木工事の技術向上と加賀藩の新田開発政策により黒部川氾濫原での大きな開墾が可能となったためと考えられる。
・近年の富山県の農工一体化政策や工場等の進出により散居を埋める形で新たな住宅が建てられ、大規模な散居村の風景は失われつつある。

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黒部川扇状地

黒部川扇央ジオサイト | 黒部市

・黒部川の左岸若栗地区の霞堤の中を旧合口用水が1m程低く流れている。その堤防沿いに取水用の水門が残されている。
・現在の合口用水は左岸扇面の中央部を流れているが、それが完成するまでここから取水していた時代の名残り。

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黒部川扇状地の旧河川跡 

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・北陸電力黒東第2発電所の西側の入善町新屋と下山の間には水田が広がり、南北約1kmにわたり、家屋が全くなく、新屋側が1m余り高い段丘崖状の形態が見られる。黒部川の分流が流下していた跡である。
・古老の話では昭和初期にはまだ川が流れていたという。

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愛本新遺跡

舟見野ジオサイト | 黒部市

縄文時代中期から晩期の集落跡、集石遺構から蛇紋岩磨製石斧の製作工程のわかる石斧の完成品、未成品が発見された。

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入善町下山芸術の森アートスペース(発電所美術館)

舟見野ジオサイト | 入善町

大正15年に造られた低落差発電所の旧施設を利用した美術館。平成7 年4 月 発電所美術館として開館し、平成8 年12 月 国の「登録有形文化財」に指定

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墓ノ木自然公園

黒部川扇頂ジオサイト | 入善町

・黒部川の河川敷に設置された自然林の公園で野鳥、樹木、草花の観察や水遊びに適す。キャンプ場も併設されている。

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愛本橋

黒部川扇頂ジオサイト | 黒部市

・黒部川扇状地の扇頂部の愛本峡に架けられた鋼ニールセンローゼ型橋で昭和44年8月の大洪水で旧愛本橋が流失したため現在の位置に架け替えられた。
・旧愛本橋は現愛本橋の上流約60mの最狭部にあり、最初の橋は寛永3年(1626)の打渡橋で、その後加賀藩主5代目前田綱紀が寛文2年(1661)に橋脚の無い刎橋を架けさせたことで日本三奇橋として有名になった。以後刎橋で8回の架け替えがあった。現在は13代目。

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舟見野段丘崖

黒部川扇頂ジオサイト | 黒部市

・現黒部川扇状地の前の舟見野段丘を形成した扇状地を現在の黒部川が削った約60mの高さを有する段丘崖。
・中央部の露頭では上層から黒ボコ土、赤土の混ざる土の層、丸い礫を含んだ砂礫層、角の取れた大きい石の層、角の取れていない石の層、層状の砂岩、塊状の砂岩と舟見野段丘の堆積状況が見られる。

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下立の霊水

黒部川扇頂ジオサイト | 黒部市

・下立の十二貫野台地につながる段丘崖の谷川のふちに湧く清水。
・下立金毘羅社への参道の入口にある。

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黒部川の水神社(墓ノ木の水神社)

黒部川扇頂ジオサイト | 入善町

・黒部川の流れが実質的に平野部に解放される墓ノ木の河岸段丘崖下、黒東合口用水と黒部川の堤防に挟まれた地に祀られた水護神社。
・往古に大洪水があり、この地の堤防が決壊しようとしたとき、バンドリを着た男が川に入って堤防を守り決壊が免れた。翌朝男は黒御影石に変わっていたことから御神体として祀られていて、毎年10月13日祭には感謝の意を込めてたいまつ行列が行われる。

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嘉例沢森林公園

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・立山連峰の北端で僧ケ岳から烏帽子山を通り下った稜線が鋲ケ岳近くで水平に近い状態が続くが、その西側で稜線に並行して緩やかな傾斜の森林が続く場所に公園がある。
・公園の中心には周囲200m程のため池があり、キャンプ場や駐車場が整備されている。
・ここを基地に鋲ケ岳から烏帽子山へ続く登山道がある。

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嘉例沢の石仏

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・二階建てほどの鞘堂の中に大きなやや黄色みを帯びた灰色の巨岩があり、正面に5体の仏像が刻まれている。
・石仏は南北朝又は室町時代かといわれている。
・山の中腹に古い時代から人が住んでいた嘉例沢地区も人家がなくなり、鞘堂と近くに宮が残るのみとなった。

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くろべ牧場まきばの風

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・旧黒部川扇状地である十二貫野段丘の上流域に開かれた牧場(新川育成牧場)。
・十二貫野用水よりも標高の高い丘陵地は水の確保が難しいことから富山県により牧場として昭和46年に開場した。

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十二貫野のため池

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・十二貫野段丘は用水の確保が難しく放置されていたが江戸後期の天保12年(1841)の椎名道三による十二貫野用水の完成により開墾が可能となった。
・段丘には十二貫野用水の水量の制約や雨水の確保のため、13箇所のため池が作られていた。
・平成7年に中山地区にいくつかのため池を集積した大規模な十二貫野湖が作られた。

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巻江の小用水

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・巻江とは上の田の余った水や漏れた水を集めて下の田などに供給する小さな用水。
・十二貫野用水完成後、58本巻江の小用水があったが、圃場整備で18本となった。

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前沢面の撓曲(魚津断層)

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・十二貫野段丘の扇端部に接して生じたより新しい時代の扇状地の段丘面。
・段丘面は北東から南西に向かい傾斜していて、一方南東から北西に向かいより強い勾配で傾斜している。
・その南西・北西向きの段丘面が現扇状地に接する場所近くに魚津断層による撓曲面が観測されている。

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下立の大理石

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・林道の側面に幅3m高さ2m程の大理石の露頭があり、金網がかけてある。ここから約100m程下がった場所に大理石のテーブルと椅子が置かれ、案内板もある。
・この大理石(オニックス・マーブル)は普通の大理石の成因と異なり、温泉活動で出来たもので細かな縞模様が特徴である。 地質学的にいう「大理石(結晶質石灰岩)」ではない。
・ここで産出した大理石は国会議事堂、北陸新幹線黒部宇奈月温泉駅の待合室に使用されている。

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水の小径

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・入善用水沿いに作られた浅い水路と街路樹や花壇が施設された散歩道的な歩道。
・国道8号線近くから上流側へ1km程度続く。途中には戦中戦後の扇状地の貴重な動力源であった螺旋水車による小水力発電の実験が行われている。
・最も上流側には入善出身の歌手の歌碑や彫刻家のブロンズ像がある。

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北国街道(冬街道)

黒部川扇央ジオサイト | 黒部市、入善町,朝日町

・江戸時代の初期、愛本橋が出来るまで、参勤交代の重要な道路。          
・愛本橋が出来てからは黒部川の水の少ない冬期に利用されたので冬街道と呼ばれるようになった
・道路の経路は黒部市三日市で夏街道と分岐し、扇状地の扇央部を通り、朝日町泊で再び夏街道と合流した。 ・黒部川右岸の旧橋詰には当街道を旅した芭蕉の像と奥の細道の碑(写真右)がある。

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芦崎海岸

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・平成20年2月24日に突如襲った寄り廻り波は高さ7.7mの堤防の通用ゲートを破壊して越波、さらに隣接の堤防も越波した。
・このため死者1名、砂丘上の住宅への浸水、井戸の塩水化、離岸堤の破壊、入善漁港の漁船の浸水等、多大な損害をもたらした。
・対策工事として堤防を0.8mかさ上げ(右写真の左側堤防の上部)、副堤防(右写真の道路右側)の設置、護岸堤の修復等が行われた。

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園家山ゆう水池

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・昭和60年に環境庁から黒部川扇状地湧水群が名水百選に選ばれ、それを契機に扇状地の扇端における昭和より前の風景を復元するために設置された公園。
・園家山の砂丘に隣接し、池にはガマや葦などの水辺の植物が茂っている。

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黒部川河口

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・ほぼ1/100勾配の黒部川扇状地を緩く蛇行して来た黒部川が日本海へと傾斜を持ったまま流れ込む。
・川と海のせめぎあいで、河口の砂州や川の流れは幅や本数等が次々と変化する。
・河口近くの川の流れは網状流となっている。河口近くの中州にはカモメなどの野鳥が集う。

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庄助川

黒部川扇端湧水ジオサイト | 入善町

・庄助川は黒部川の右岸の入善町板屋で民地の池の湧水を水源とし、ほぼ直線に入善漁港へと流下する排水を主とする水路。
・水路は川の底には石を敷き詰め湧水を可能とし、落差工では魚道、側壁には魚巣ブロックを設置する等、自然生態系に配慮されている。
・川は湧水が年中絶えることないので常に清浄な水が流れ、バイカモ等の水草が繁茂している。

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新治神社

黒部川扇端湧水ジオサイト | 黒部市

・新治神社は生地が昔、新治村といわれていた時代、現在の宮の位置から西約1100mまで陸地で、その海岸付近にあった。久寿元年(1155)8月10日から11日津波に襲われ、海底に沈んだので現在の地に移された。その後再興された村の名は生地になった。
・移設当時は新しい海岸近くだったが、107年後の弘長2年には陸地が700mほど自然に復旧し、それから750年:経過した現在、浸食により海岸線が移動し宮から400mまでとなった。

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生地台場

黒部川扇端湧水ジオサイト | 黒部市

・江戸末期嘉永4年(1851)に加賀藩が築いた台場を復元したもの。
・長さ63m、幅8mで5基の大砲を置く。

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生地鼻灯台

黒部川扇端湧水ジオサイト | 黒部市

・黒部川扇状地が最も海に突出している生地鼻に施設された航路標識灯台。
・富山湾の全てと能登半島の大部分から視認することが出来る富山県最古の灯台。
・地上高は約30m。白黒に塗り分けられているのは冬に背景となる北アルプスの山々に雪がある時の白さから識別できるようにする配慮から。

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愛本堰堤

黒部川扇頂ジオサイト | 黒部市

・大正末期、黒部川扇状地の農業用水の合口化と段丘崖を利用した発電所建設計画が実施されることになり、愛本堰堤は現在の位置から150m下流の当時の愛本橋のすぐ下流に設置され、昭和7年に完成し使用が開始された。
・愛本堰堤は昭和44年8月11日の大洪水で愛本橋とともに流失。昭和47年に現在地へ移し完成した。 取水量は両岸合わせて最大で約80?/秒(受益面積に基づき黒東52.87、黒西24.97)。

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沖積段丘

黒部川扇頂ジオサイト | 黒部市

・旧黒部川扇状地の舟見野段丘と現扇状地の中間時代できた扇状地を現扇状地が掘削して現在の沖積段丘が残る(左岸側は黒部市下立、浦山)。
・段丘は約1.5/100の勾配で舟見野段丘よりも小さく、現扇状地よりも大きい。
・右岸側の沖積段丘の坪野遺跡(入善町下山)には縄文遺跡がある(右側の写真)。

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黒西合口用水

黒部川扇頂ジオサイト | 黒部市

・大正末期、黒部川扇状地の農業用水の合口化と段丘崖を利用した発電所建設計画が実施されることになり、昭和7年から利用開始された。
・黒西合口用水は取水量最大で24.97?/秒、受益面積2330ha、13用水路で黒部川の左岸下立以降の扇状地の農地を潤す。
・平成4年に大改修が完了し、下立地内のトンネル化(写真右の右側水路が新設水路、左側水路が旧合口用水路)が目玉工事であった。

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黒部川神社

黒部川扇頂ジオサイト | 黒部市

・昭和9年の記録的な大洪水の際に下流が被害を受けたにも関わらず、この地の堤防が決壊しなったことに感謝し、昭和14年に設置された神社。
・黒部川を挟んで右岸に本殿、左岸に鳥居が立ち黒部川の本流を境内とする。 
・祭神は天照大神に水と火の神が祀られている。

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宮野運動公園の展望台

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・展望台は十二貫野段丘の扇端部の段丘崖上に設けられている。
・昭和26年から10年間にわたり行われた黒部川扇状地の流水客土の採土地の一つで、現在公園化され、展望台も施設されている。
・流水客土に関わる資料の展示。

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十二貫野段丘

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・10万~20万年前に作られた古い黒部川扇状地。
・段丘の上流側は牧場、中部より扇端側は圃場整備により整えられた水田が広がる。
・段丘の開拓は江戸後期の椎名道三指導による十二貫野用水の完成により進展した。
・段丘の表層は深い赤土に覆われ、深く急峻な開析の谷が台地を抉っている。

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前沢段丘

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・十二貫野段丘の末端に接し、同段丘の北東から南西へ向けて約2/100勾配で傾斜する約5万年前に作られた旧黒部川扇状地。
・段丘は南東から北西へ向けてより強い勾配で傾斜している。
・段丘の地層から鳥取県大山由来の火山灰類が発見された。
・写真左は段丘上流側から下流側、右は段丘中央部の西側端から上流側。

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龍ノ口用水

十二貫野ジオサイト | 黒部市

・江戸後期、加賀藩の財政困窮等から新田開発が進められた中で、十二貫野段丘の開墾を目的に椎名道三の指導の下に十二貫野用水が天保10年(1839)に完成。
・この時栗寺地区へ分水した用水路の途中に谷が存在したため、谷の斜面に石管を使用した逆サイホンの水路を構築し、通水を可能とした。
・その当時使われていた石管は現地等に展示されている。

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黒東合口用水

黒部川扇頂ジオサイト | 黒部市

・大正末期、黒部川扇状地の農業用水の合口化と段丘崖を利用した発電所建設計画が実施されることになり、大正15年から利用開始された。
・黒東合口用水は取水量52.87?/秒、受益面積5192ha、16用水路で黒部川の右岸墓ノ木以降の扇状地右岸全域と舟見野段丘の中央部及び下流部の農地を潤す。
・平成5年に大改修が完了し、黒東合口用水路は随所に暗渠化(写真右)が行われた。

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黒部川の堤防と治水設備(巨大水制)

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・急流で洪水時の水勢も強い黒部川では堤防に隣接して川の中央に向けてコンクリートの構造物「水制工」を構築し、洪水時の水の流れを川の中心部へ向かうようにして堤防の直接的な損壊を防ぐようにしている。
・設置場所は過去に堤防の損壊した所が多い。(写真は黒部大橋右岸上流側)。
・名の由来は水制構造物が特に大きなものを巨大水制と呼んでいる。

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黒部川の堤防と治水設備(ピストル型水制)

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・急流で洪水時の水勢も強い黒部川では堤防に隣接して川の中央に向けてコンクリートの構造物「水制工」を構築し、洪水時の水の流れを川の中心部へ向かうようにして堤防への直接的な損壊を防ぐようにしている。
・設置場所は過去に堤防の損壊した所が多い。(写真は右岸高速道路橋下流側)。
・名の由来は基部の水制構造物から長く突き出した構造物の姿がピストルに似ているから(特に大きな構造のものは巨大ピストル型と呼んでいる)。

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黒部川の堤防と治水設備(シリンダー型水制)

黒部川扇央ジオサイト | 黒部市

・急流で洪水時の水勢も強い黒部川では堤防に隣接して川の中央に向けてコンクリートの構造物「水制工」を構築し、洪水時の水の流れを川の中心部へ向かうようにして、堤防の直接的な損壊を防ぐようにしている。
・設置場所は過去に堤防の損壊した所が多い。(写真は左岸新川黒部路橋下流側)。
・名の由来は基部の円筒形から偏心して円筒形等の水制構造物が設置されている状況がシリンダーに似ているから。

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黒部川の堤防と治水設備(丸形ポスト水制)

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・急流で洪水時の水勢も強い黒部川では堤防に隣接して川の中央に向けてコンクリートの構造物「水制工」を構築し、洪水時の水の流れを川の中心部へ向かうようにして堤防への直接的な損壊を防ぐようにしている。
・設置場所は過去に堤防の損壊した所が多い。(写真は右岸高速道路下流側福島堤で隣接して設置)。
・名の由来は丸い柱状の構造のため。

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黒部川の堤防と治水設備(角形ポスト水制)

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・急流で洪水時の水勢も強い黒部川では堤防に隣接して川の中央に向けてコンクリートの構造物「水制工」を構築し、洪水時の水の流れを川の中心へ向かうようにして堤防への直接的な損壊を防ぐようにしている。
・設置場所は過去に堤防の損壊した所が多い。(写真は右は右岸高速道路下流側。左は黒部大橋下流側N36.90269、E138.47921)。
・名の由来は四角の柱状の構造のため。

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扇状地内の水力発電所(黒東第1発電所)

黒部川扇頂ジオサイト | 黒部市

・黒東第1発電所は当初黒部川第3発電所と呼ばれ、黒東合口用水と段丘崖を利用し、黒部川第1発電所、第2発電所より遅れて昭和4年に完成した。
・発電出力は当初最大出力3700kw、昭和26年同5140kw、平成5年に用水路の大改修に合わせて廃止新設(黒東第1発電所)され、同5300kwを発電している。
・使用水量は最大で52.87?/秒。有効落差12.1m、低落差用のプロペラ型水車を利用している。

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扇状地内の水力発電所(黒東第2発電所)

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・黒東第2発電所は当初黒部川第1発電所と呼ばれ、黒東合口用水を利用し、大正15年に運転を開始した。
・発電出力は当初最大出力4160kw、昭和26年同7760kw、平成5年に用水路の大改修に合わせて廃止新設(黒東第2発電所)され、同10400kwを発電している。
・使用水量は最大で43?/秒。有効落差28.8m、低落差用のプロペラ型水車を利用している。

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扇状地内の水力発電所(黒東第3発電所)

黒部川扇央ジオサイト | 入善町

・黒東第3発電所は当初黒部川第2発電所と呼ばれ、黒東合口用水と段丘崖を利用し、大正15年に運転を開始した。
・発電出力は当初最大出力3440kw、昭和26年同6330kw、平成5年に用水路の大改修に合わせて廃止新設(黒東第3発電所)され、同7200kwを発電している。
・使用水量は最大で36?/秒。有効落差18.64m、低落差用の羽根型の水車を利用している。

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扇状地内の水力発電所(黒西第1発電所)

黒部川扇央ジオサイト | 黒部市

・黒西第1発電所は黒西合口用水建設に合わせて、段丘崖を利用して黒部川第4発電所として昭和7年最大出力5580kwで発電開始、昭和26年同6300kwとなり、平成4年用水路の大改修に合わせて廃止新設(黒西第1発電所)され、同6800kwを発電している。
・使用水量は最大で18.64?/秒。有効落差43.5m、低落差用のプロペラ型の水車を利用している。

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扇状地内の水力発電所(黒西第2発電所)

黒部川扇央ジオサイト | 黒部市

・黒西第2発電所は昭和13年に黒部川第5発電所(最大出力1490kw)として発電を開始し、平成4年に用水路の大改修に合わせて廃止、新設(黒西第2発電所)され、扇状地の勾配を利用し同2200kwを発電している田んぼの中の発電所。
・使用水量は最大13?/秒。有効落差20.8m、低落差用のプロペラ型水車を利用している。
・水路は黒西合口用水から分水した旧合口用水より取水(写真右)後は地中の管路約1.6kmにより発電所へ導かれている。

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扇状地内の水力発電所(黒西第3発電所)

黒部川扇央ジオサイト | 黒部市

・黒西第3発電所は昭和13年に黒部川第6発電所(最大出力1210kw)として、昭和13年に発電を開始し、平成4年に用水路の大改修に合わせて廃止新設され、黒西第3発電所となり、扇状地の勾配を利用し同1300kwを発電している田んぼの中の発電所。
・使用水量は13?/秒。有効落差13.2m、低落差用のプロペラ型水車を利用している。 
・水路は黒西第2発電所の排水を全量受けて地中の管路を経て供給されている。

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黒部峡谷ジオエリア

欅平

欅平ジオサイト | 黒部市

新第三紀から第四紀の深成岩類が分布し、砂質片岩・結晶質石灰岩が捕獲岩として見られる。祖母谷地域から南の広い範囲に分布する黒部川花崗岩のマグマの生成時期は0・8Maとされており、地上に露出した花崗岩としては世界で最も若い年代を示す。黒色の包有物が多く、パンダのような外観であり、黒部川河口域でも容易に採集が可能。

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祖母谷

欅平ジオサイト | 黒部市

祖母谷と祖父谷の合流地点に秘湯「祖母谷温泉」がある。開放感のある露天風呂で、泉質は単純硫黄泉。上流に祖母谷地獄があり、河原から温泉が噴出している。
祖母谷温泉は白馬岳、唐松岳の登山者の宿泊所としても使用されている。

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名剣温泉

欅平ジオサイト | 黒部市

祖母谷川左岸にある開湯1957年の秘湯。源泉は単純硫黄泉。

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奧鐘山

欅平ジオサイト | 黒部市

黒部川花崗岩からなる山。西壁は高さ約800mの岩壁となり、クライマーのゲレンデとなっている。クライマーからは「黒部の怪人」とよばれている。
黒部川花崗岩からは約80万年前というジルコンのU-Pb年代が測定されている(伊藤ほか、2013)。

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阿曽原温泉

下廊下ジオサイト | 黒部市

黒部峡谷上流部にある温泉。近くにある阿曽原温泉小屋が管理している。
単純硫黄泉。

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片貝川・早月川ジオエリア

東山円筒分水槽

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

水不足になりやすい扇状地上で、水をだれが見てもわかりやすく公平に、各用水へ分配する施設。

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魚津埋没林

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

約2000年前に魚津の海岸一帯に広がっていたスギ原生林跡。スギの大きな樹根をはじめ、種子、花粉等から当時の原生林の様子が明らかにされている。


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てんこ水

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

片貝川扇状地先端部の湧水。鴨川の川底から湧き出る形がごはんのてんこ盛りに似ていたためてんこ水と呼ばれている。かつては川底の湧水に土管をかぶせて導水し、生活用水として利用されていた。

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魚津駅前の「うまい水」

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

魚津市内にあった短大に赴任していた国文学者の故池田弥三郎が「日本一うまい」と称賛した魚津の水を魚津駅に下り立った旅客等が味わうことのできる水飲み場

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魚津桃山運動公園

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

旧扇状地の台地上に作られた運動公園で、富山湾、扇状地、山岳等の眺望が広がる

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大伴家持の歌碑(早月川)

早月川扇状地ジオサイト | 魚津市

魚津市総合公園内(魚津水族館に隣接)に設置された石碑。万葉歌人大伴家持が越中国巡見で早月川を渡った際に詠んだ歌。

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行田の沢清水

早月川扇状地ジオサイト | 滑川市

早月川扇状地扇端部の旧河道の細長いくぼ地に湧き出る湧水。周囲の自然林一帯が行田公園として整備されている。環境省「平成の名水百選」、富山県「とやまの名水」に選定。

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波入川と剱岳

早月川扇状地ジオサイト | 滑川市

富山湾の波浪が入り込む川という意味と思われる。急流のまま富山湾に注ぐ早月川ではそのような現象は見られず、他の川だと思われる。

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ネブタ流し

早月川扇状地ジオサイト | 滑川市

滑川漁港の南西側海岸。毎年7月31日にネブタ流し(国指定重要無形民俗文化財)が行われる。この海岸は「和田の浜」とも呼ばれる。

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滑川市民交流プラザ

早月川扇状地ジオサイト | 滑川市

屋上(6階)展望塔から、立山連峰、富山湾などが眺望できる。有料の望遠鏡も設置され、隆起し開析を受けた旧扇状地などの観察もできる。

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松倉城跡

早月川扇状地ジオサイト | 魚津市

角川沿いにある中世山城跡。
福平層の火山岩類、火山砕屑岩類がつくる地形を利用した山城。

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東福寺野自然公園

東福寺野ジオサイト | 滑川市

隆起した旧扇状地上標高約300mにあり、眺望に優れる。公園内は有料

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不水掛遺跡公園

東福寺野ジオサイト | 滑川市

縄文時代中期の集落遺跡。遺跡公園に展示館が併設されている。

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大日公園

東福寺野ジオサイト | 滑川市

室山野用水施設周辺に整備された公園。公園から用水(埋設されたパイプライン)沿いの道を進むと、展望台、分水場があり、各所から開析扇状地の様子が観察できる。

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穴の谷の霊水

東福寺野ジオサイト | 上市町

黒川の丘陵地の湧水。全国名水百選。

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弘法大師の清水

東福寺野ジオサイト | 上市町

護摩堂の丘陵地の清水。とやまの名水。

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僧ヶ岳

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市、黒部市

黒部川と片貝川の分水嶺、立山連峰の北端に位置する標高1855mの山。頂上近くの仏ヶ平は地形と季節風の影響による風衝草原・風衝低木群落が発達する。山体は飛騨変成帯・宇奈月変成帯に属し、片麻岩、結晶片岩からなる。西斜面の稜線付近に「僧」などの雪形(雪絵)が現れ農耕等の目安とされた。信仰登山の対象でもある。
僧ヶ岳県立自然公園内。

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沌滝

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

片貝川支流の沌滝川にある滝。数段の合計落差約30m。基盤岩は約6600万年前の溶結凝灰岩。周囲は崖錐上に成立したトチノキ林で、雪崩防止の雪持ち林として維持される。遊歩道が整備されており、夏でも10℃以下の冷風が吹き出す風穴もある。

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蛇石

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

片貝川流域の水神として祭られる石。昔、猟師に撃たれた大蛇がこの岩に巻き付いて死に、水害をもたらしたという伝説がある。岩石としては、花崗岩に輝緑岩の岩脈が入ったもの。

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洞杉

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

片貝川南又谷一帯に群生するスギ巨木群。巨岩の転石上に生育し、多雪環境を反映した分岐し曲がりくねった特異な生育形態を示す。
転石状の巨岩は数km上流の山岳を形成する花崗岩で、生育地一帯の基盤である眼球片麻岩とは異なり、土石流等で堆積したものと思われる。
洞杉以外にも転石上には着生シダなどが豊産し、「洞杉及び岩上植物群落」として魚津市の天然記念物に指定されている。

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中山

早月川ジオサイト | 上市町

早月川支流の小又川と立山川の分水嶺末端に位置する標高1225mの山。山体の大部分は飛騨帯の花崗岩~閃緑岩質からなり、東麓には石灰質片麻岩が分布する。手軽に登れ、頂上からの剱岳の眺望に優れることから登山者が多い。

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升方城跡

早月川扇状地ジオサイト | 魚津市

早月川と角川の間の丘陵に築かれた山城跡で、松倉城の支城群のひとつ。
駐車場の展望櫓や本丸跡から、早月川扇状地~富山平野、富山湾を見渡すことができる。

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北陸新幹線富山県内区間最高地点

早月川扇状地ジオサイト | 魚津市

北陸新幹線の富山県内区間は、東部の扇状地区間で大きなアップダウンを繰り返す。このうち早月川を渡る付近が最も標高が高い地点となる。(東西の県境山地はトンネルで通過するため標高は低い)
また、片貝川、早月川へのそれぞれのアプローチでは、北陸新幹線の最急勾配である30‰が適用されている。

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杉ノ尾の岩屋

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

片貝川南又谷の新土倉橋右岸上部にある巨岩で、岩の下の空間がかつて猟師などの宿泊地として利用されていた「岩屋」。
転石状の巨岩は数km上流の山岳を形成する花崗岩で、一帯の基盤である眼球片麻岩とは異なり、土石流等で堆積したものと思われる。河床から数十m高い位置にあり、堆積後の浸食で取り残された台地の端に露出した転石である。

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貝田新円筒分水

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

片貝川の左岸にあり、左岸の用水と右岸の用水の水を分けている。右岸の用水は片貝川の下をサイフォンでくぐり、東山の円筒分水に送られる。

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高円堂用水

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

片貝川沿いの河岸段丘上の天神野台地を開墾するため、江戸時代(1649年~)に高円堂谷を埋め立てて造られた用水。
呉羽山礫層のもろく崩れやすい礫層のため難工事となり、完成後もたびたび崩れて工事が繰り返された。その様子が地元の民謡「布施谷節」に残っている。

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大伴家持の歌碑(片貝川)

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

越中国守として赴任していた万葉歌人の大伴家持が越中国内巡見の折に片貝川の清流を詠んだ歌。

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片貝川扇状地末端部の傾斜

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

海に直接接する片貝川扇状地は、海岸部まで平均約2%の勾配をもつ。海に向かって直線で達する道路ではその勾配を体感することができる。

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片貝谷発電所

片貝川扇状地ジオサイト | 魚津市

片貝川水系の発電所群のうち、最下流に位置する発電所。片貝川扇状地の扇頂付近で取水された水を河岸段丘上の水路で扇央部まで送り、段丘の落差を使って発電する。
鉄管の上にそびえるサージタンクが特徴的。

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上市川・白岩川ジオエリア

大観峯自然公園

白岩川ジオサイト | 立山町

富山平野と富山湾、立山連峰が一望できる自然公園。キャンプ場もある。

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岩室の滝

白岩川ジオサイト | 立山町

白岩川の支流である虫谷川にある落差24m、滝壺の直径10m、深さ5mの滝(大観望自然公園内)。

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稚児塚

白岩川ジオサイト | 立山町

直径は約46mあり、墳丘に葺石が認められる富山県で最大級の規模をもつ古墳時代の円墳である。

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竹内天神堂古墳

白岩川ジオサイト | 舟橋村

平地にある古墳時代前期の前方後方墳で、全長約38mある。

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釜池

白岩川ジオサイト | 立山町

地滑りによるせき止めで出来たと考えられている池。池の東側の岸辺付近から湧水がある。池の周辺に安山岩質の溶岩が分布する。

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立山ジオエリア

剱岳

立山・剱岳ジオサイト | 立山町

剱岳の山体は立山と同じ有明花崗岩からなるが、剱御前~山頂にかけての別山尾根沿いには侵食に強い閃緑岩がみられる。その険しい山容から岩と雪の殿堂と呼ばれ、アルピニスト憧れの山となっている。最終氷期に長さ数km に達する氷河が発達し、池ノ谷、小窓谷、三ノ窓谷、長次郎谷、平蔵谷のような深くほりこまれたU 字谷や、八ツ峰、源次郎尾根、剱尾根のようなアレートと呼ばれる氷河地形を作り上げた。

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雄山

立山・剱岳ジオサイト | 立山町

標高3003mの岩峰である雄山は立山信仰のご神体で、毎年数多くの登拝者や一般登山者がその頂きを目指す。雄山を含む立山山頂でみられる岩体は1億~6000万年前(中生代白亜紀末~新生代古第三紀初め)にかけての有明花崗岩とよばれる陥入岩である。

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室堂平

室堂平ジオサイト | 立山町

現在の立山カルデラ内に存在していた火口から流れてきた溶岩によってできた溶岩台地である。その最後の溶岩は今から約4 万年前までで、以後、台地上とその周辺でマグマ水蒸気爆発を繰り返し、ミクリガ池やミドリガ池などの地形を形成した。地獄谷では温泉の湧出や噴気活動などの地熱活動が認められる。

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立山カルデラ展望台

立山カルデラジオサイト | 立山町

約22 万年前からはじまった立山(弥陀ヶ原)火山の主な活動舞台と考えられるが、その山体の多くは既に失われてしまっている。山体の著しい侵食と崩壊の進行によって形成された侵食地形と考えられている。脆弱な火山性地形を背景としてこの地域の厳しい気象条件と地熱活動が一層風化と侵食を促進させ、更に隣接する跡津川断層の活動による大規模な山体崩壊の誘因が形成を推し進めてきたと考えられる。

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五色ヶ原

立山カルデラジオサイト | 立山町

約15万?10万年前の立山火山の噴火でできた東側へ緩く傾斜する溶岩台地(標高約2400?2500m)。鳶山の東斜面付近には氷河堆積物(モレーン)がみられる。地塘群があり、初夏には高山植物が咲き乱れる。五色ヶ原山荘あり。

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弥陀ヶ原

弥陀ヶ原ジオサイト | 立山町

弥陀ヶ原は今から約10 万年前に立山火山の大火砕流がつくりだした長さ12kmのなだらかな溶結凝灰岩の台地である。弥陀ヶ原の台地の東半分は現在、ガキ(餓鬼)田と呼ばれる池塘が1,000 近く点在し夏には高山植物が咲き誇る湿地(2012〔平成24〕年にラムサール条約湿地に登録)、西半分はタテヤマスギとブナに覆われた森林になっている。

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称名滝

称名渓谷ジオサイト | 立山町

室堂平周辺の水を集めて西へと流れる称名川は弥陀ヶ原の台地に入るとほぼ垂直に150m 以上も切れ込んだ峡谷、「称名廊下」の中を流れ、その末端の断崖には国の名勝・天然記念物に指定されている大瀑布、称名滝がかかっている。称名滝は上部から70、58、96、126 m の4 段から成り、それらが連続して日本最大の落差(350m)を持つ巨大な滝となっている。称名滝は10 万年前、現在よりも15km下流の富山市小見付近にかかっていたが、柔らかい溶結凝灰岩を削?しつつその後,1 年間に10cmほどの速度で後退し、現在の位置に至っている。

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龍神の滝

常願寺川ジオサイト | 富山市

第四紀の立山の噴火による称名滝火砕流堆積物(約10万年前)を侵食した落差約40mの滝。龍が天に昇っているようにみえることから名付けられた。渇水期には水がないこともある。

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百間滑

常願寺川ジオサイト | 富山市

立山山麓スキー場にある、長さ約200mの岩肌が露出。岩肌は中生代白亜紀前期の手取層群の粗粒な砂岩層からなる。
滑るように流れる水が美しい。
美しい日本の歩きたくなる500道にも選ばれている。

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極楽坂山頂展望台

常願寺川ジオサイト | 富山市

ゴンドラ山頂駅から極楽坂山に行く途中にある標高1,177mの展望台。
北は富山平野と富山湾、南は鍬崎山、薬師岳を望むことが出来る。


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瀬戸蔵山

常願寺川ジオサイト | 富山市

標高1320mの山。鍬崎山に行く途中にある山。
山頂付近は中生代の手取層群からなり、山頂からは弥陀ヶ原や立山の絶景を見ることが出来る。

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布倉岳(尖山)

常願寺川ジオサイト | 立山町

・駐車場から片道1時間、標高差284mの軽登山コース
・周りに遮る物がない位置にあるため、立山連峰や弥陀ヶ原、常願寺川の扇状地(富山平野)がよく見られる。

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有峰湖

有峰ジオサイト | 富山市

1937年に富山県営の電気事業として着工され、第2次大戦のため中断の後、1960年に完成した北陸電力有峰ダムによってできた標高約1000mの湖。湖の水は富山市の水道水としても利用されている。周辺は県立自然公園に指定されている。

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薬師岳

薬師岳ジオサイト | 富山市

薬師如来の浄土として信仰されているボリューム感のある山。東斜面には、氷河期に形成された特別天然記念物「薬師岳の圏谷群」があり,山頂には薬師如来を祀った祠がある。
主に約1億2000万年前の手取層群および流紋岩質の溶岩と凝灰岩からなる。

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薬師岳の圏谷群

薬師岳ジオサイト | 富山市

薬師岳の東斜面に分布する圏谷群で、北から南へ、崩壊により形が不明瞭なカール、金作谷カール、中央カール、南稜カールが並ぶ。昭和27年に国の特別天然記念物に指定されている。最終氷期の約3万?1万年前に形成されたと考えられている(原山ほか,1991)。金作谷カールではS字状モレーンが発達する

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仙人池

立山・剱岳ジオサイト | 立山町

仙人峠から東へ約100mにある高山湖(標高約2080m)。径約20m。剱岳、八ッ峰、小窓の王などを眺めることが出来る。氷河によって出来た窪地に水がたまったものと考えられている。近くに仙人池ヒュッテがある。紅葉シーズンは多くのカメラマンが訪れる。1926年に冠松次郎らにより命名された。

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仙人池

立山・剱岳ジオサイト | 立山町

仙人峠から東へ約100mにある高山湖(標高約2080m)。径約20m。剱岳、八ッ峰、小窓の王などを眺めることが出来る。線上凹地(右上の赤線)に水がたまってできた池と推測される。近くに仙人池ヒュッテがある。紅葉シーズンは多くのカメラマンが訪れる。1926年に冠松次郎らにより命名された。

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黒部川源流ジオエリア

黒部五郎岳

黒部五郎岳ジオサイト | 黒部市

東側にカールをもち、富山県と岐阜県にまたがる標高2840mの山。山頂は手取層群の礫岩からなる。「五郎」は大きな岩がゴロゴロした地に由来する。

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黒部五郎岳圏谷

黒部五郎岳ジオサイト | 黒部市

黒部五郎岳の東側斜面にある巨大な圏谷(カール)。カールの中には氷河によって削られてできた羊背岩が点在する。高山植物の宝庫としても知られている。カールの側壁に基盤の船津花崗岩類と手取層群の不整合がある。

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三俣蓮華岳

黒部五郎岳ジオサイト | 富山市

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北ノ俣岳

北ノ俣岳ジオサイト | 富山市

富山県と岐阜県の境にある標高2662mの山。山頂付近は手取層群の礫岩、砂岩、シルト岩からなる。北ノ俣岳の北方稜線上に北ノ俣岳閃緑岩が分布し、手取層群に貫入している。

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太郎兵衛平

北ノ俣岳ジオサイト | 富山市

薬師岳南部の準平原遺物。ハイマツ、チングルマなどの高山植物。登山道沿いに鬼界アカホヤ火山灰が観察できる。黒部川源流域の山々への登山起点となる太郎小屋が建っている。

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富山平野ジオエリア

富山地区広域圏クリーンセンター

常願寺川扇頂ジオサイト | 立山町

9階が高さ80m(海抜223.5m)の展望台になっている。富山平野や立山連峰が一望できる。入館無料。平日のみ公開。

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常西合口用水

常願寺川扇頂ジオサイト | 富山市

明治時代に完成した疎水施設。全国疎水百選、とやまの名水に認定されている。

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雄山神社前立社壇本殿

常願寺川扇頂ジオサイト | 立山町

3つある雄山神社のなかで最も下流にある社殿。

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中ノ寺の霊水

常願寺川扇頂ジオサイト | 富山市

室町時代より弘法大師の水として伝えられてきた。大師尊像の祠の下からでる清水は皮膚病に効く霊水とされている。

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常願寺川の霞堤

常願寺川扇央ジオサイト | 富山市

大水が出たときでも、水の勢いを弱めて堤防が壊れないようにしている。

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正源寺の鳴龍

常願寺川扇央ジオサイト | 富山市

1813(文化10)年、富山藩第10代藩主前田利保が常願寺川の氾濫を防ぐために寺の天井に絵師山下守胤に書かせたもので、伝承では常願寺川が氾濫するときに自ら鳴いて住民に危機を知らせた。

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富山城

常願寺川扇端ジオサイト | 富山市

1532(天文12)年築城。1582(天正10)年、佐々成政の入城後、大規模な改修が行われ、神通川の流路を天然の外堀として城の防御に使い、「浮城」ともよばれた。天守閣内の「富山市郷土博物館」では、400年以上にわたる富山城の歴史を紹介している。

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新庄排砂水門

常願寺川扇端ジオサイト | 富山市

用水に流れ込む多量の土砂を排砂するため設置された排砂水門。明治時代に完成した手動式水門であり、赤レンガ造りのため「新庄の赤門」と呼ばれ親しまれている。

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富山市役所展望塔

常願寺川扇端ジオサイト | 富山市

富山市役所にある地上約70mの展望塔で、立山連峰、富山港、富山平野等の眺望を楽しむことができる。富山市のキャッチフレーズ「立山あおぐ特等席」に特にすばらしい場所として選定されている。

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呉羽山

呉羽山丘陵ジオサイト | 富山市

呉羽山公園展望台。富山平野と立山連峰の眺めがよい。4月上旬にはソメイヨシノ、中旬にはエドヒガン、ヤマザクラが咲く。

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北代遺跡

呉羽山丘陵ジオサイト | 富山市

縄文時代中期を中心に営まれた大集落跡。東西280m、南北200mの範囲に縄文時代の竪穴住居跡が78棟、中央部に高床建物跡が4棟確認されている。

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蜆ヶ森遺跡

呉羽山丘陵ジオサイト | 富山市

縄文時代前期(約5500年前)の北陸を代表する貝塚のひとつ。
縄文海進時に旧放生津潟がこの付近まで広がっていた。シカ、イノシシ、アナグマの骨や人骨も発見された。

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小竹貝塚

呉羽山丘陵ジオサイト | 富山市

縄文時代前期(約6800年?5500年前)の日本海側最大級の貝塚。91体の人骨が発見された。ミトコンドリアDNAの解析により、南方系の型を示す個体と、北方系の型を示す個体が混在することがわかっている。ヤマトシジミを主とする貝層が最大約2m堆積していた。貝がらのカルシウム成分により、人骨の保存状態が良好に保たれていたと考えられている。

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古沢塚山古墳

呉羽山丘陵ジオサイト | 富山市

全長約41mの前方後円墳。後円部径25m、前方部幅16m。県内で最東端の前方後円墳である。前方部と後円部の高低差がほとんどないこと等から、5世紀前半に作られたものと考えられている。

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四隅突出型墳丘墓(杉谷四号)

呉羽山丘陵ジオサイト | 富山市

杉谷古墳群の中の1基。1974年の調査で北陸で初めての四隅突出型方墳と確認された。
四隅突出型方墳は弥生時代の中期に山陰で発達した。山陰地方と北陸地方との関わり合いを示すものである。

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常願寺川の水制

常願寺川扇央ジオサイト | 富山市

常願寺川沿いの巨大水制。水の流れの勢いを弱めたり、向きを変えて、堤防を守る。

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常西公園小水力発電所

常願寺川扇央ジオサイト | 富山市

常西合口用水を利用した小水力発電所。

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西の番の大転石

常願寺川扇央ジオサイト | 富山市

安政の飛越地震で発生した土石流で運ばれたもの。

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西大森の大転石

常願寺川扇央ジオサイト | 富山市

安政の飛越地震で発生した土石流で運ばれたもの。

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大場の大転石

常願寺川扇央ジオサイト | 富山市

安政の飛越地震で発生した土石流で運ばれたもの。

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子安地蔵尊の水

常願寺川扇端ジオサイト | 富山市

いたち川沿いにある湧き水。万病に効く霊水と言われ、各地から水を求めに来ている。「いたち川の水辺と清水」として環境省の平成名水百選に選定されている。

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石倉町の延命地蔵水

常願寺川扇端ジオサイト | 富山市

いたち川沿いにある湧き水。万病に効く霊水といわれ、各地から水を求めに来ている。「いたち川の水辺と清水」として環境省の平成名水百選に選定されている。また、とやまの名水にも認定されている。

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泉町の子宝延命地蔵尊の水

常願寺川扇端ジオサイト | 富山市

いたち川沿いにある湧き水。万病に効く霊水と言われ、各地から水を求めに来ている。「いたち川の水辺と清水」として環境省の平成名水百選に選定されている。

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神通川ジオエリア

片路峡

猪谷ジオサイト | 富山市

神通峡の寺津ー薄波間の2.6kmにある、神通川が造った優美でダイナミックな峡谷。飛騨片麻岩を侵食している。

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常虹の滝

猪谷ジオサイト | 富山市

猪谷川と蛇歯見川合流部の滝。手取層群の猪谷層を侵食している。右手に蛇歯見の滝、その下に五色の滝、正面に二筋の夫婦(めおと)滝、その上に大滝(不動滝)がある。朝に虹がたつことから、これらの五筋の滝の総称として常虹の滝とよんでいる。
大蛇伝説がある。

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庵谷峠展望台

猪谷ジオサイト | 富山市

神通峡の眺望。道路沿いに手取層群の庵谷峠礫岩層が分布する。
庵谷町長大橋が見える。

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小佐波御前山

楡原ジオサイト | 富山市

標高754m。立山に比べ幼い子どものような山という意味からつけられた山。山頂から富山平野が一望できる。二等三角点あり。避難小屋から東へ徒歩5分のところに立山連峰の展望地がある。

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猿倉山

楡原ジオサイト | 富山市

標高342m。頂上に風力発電施設「風の城」があり、その展望台からは富山平野から富山湾までを一望できる。戦国時代の山城である「猿倉山城跡」がある。

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獅子ヶ鼻岩

楡原ジオサイト | 富山市

御前山から小佐波御前山へ向かう途中にある、高さ30?40mの安山岩質凝灰角礫岩(岩稲層)からなる絶壁。獅子が深い谷を見下ろしているようにみえる。

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八尾・山田ジオエリア

殿様清水

八尾ジオサイト | 富山市

江戸時代、この地に藩の塩蔵があり、富山から飛騨へ塩を運ぶ中継所となっていた。その御蔵番の殿様が好んでこの湧き水を飲んでいた。

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八木山の滝

八尾ジオサイト | 富山市

大昔、大岩子命(おおにゃくしのみこと)が北陸鎮定の際に猛火攻めにあって、この一帯が焼山と化し たため、のちに八木山と書かれるようになったといわれている。 その焼山の跡、山の中腹のけもの道にあたる岩肌の間から信じられないほどの湧水が 音をたてて流れ出しており、この水でけものが傷をいやしていたと伝えられている。

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城ヶ山自然公園

八尾ジオサイト | 富山市

古名を龍蟠山といい、南北朝時代に諏訪左近という武将が城をかまえたことで、いつしか城ケ山と呼ぶようになった。
米屋少兵衛の銅像やバーベキュー広場などがある。
春は桜の名所となっている。

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川倉の不動滝

八尾ジオサイト | 富山市

高さ8m。滝口は3つにわかれる。向かって右が双肩の滝、真ん中が発心の滝、左が徒然の滝と名付けられている。毎年7月11日に滝開きが行われている。
とやまの滝37ヵ所の一つ。

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桂の清水

八尾ジオサイト | 富山市

金剛堂山に向かう修験者が桂の木の根元で休んでいたら、乗ってきた馬が蹄で土を掘り返すと清水が湧いてきた、という伝説がある。

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花山寺の霊水

山田ジオサイト | 富山市

とやまの名水。
花山寺(かざんじ)本坊が奥の院として水かけ地蔵を祭り、この清水を霊水〈れいすい〉としている。

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加持水

山田ジオサイト | 富山市

とやまの名水指定。
高野山真言宗の古寺である常楽寺境内の霊水。
安置されている聖観音立像は旧山田村の牛岳現権登拝の宿坊にあったと伝えられている。

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白木峰

白木峰ジオサイト | 富山市

富山県と岐阜県の県境にある飛騨変成岩類からなる隆起準平原。標高1596m。7月にはニッコウキスゲやササユリが咲き乱れる。晴天時には立山連峰、乗鞍岳、御嶽山が一望できる。湿地には池塘が点在する。
かつて標高約1、000mの準平原であったと考えられている。

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小白木峰

白木峰ジオサイト | 富山市

富山県と岐阜県の県境にある飛騨変成岩類からなる隆起準平原。標高1437m。7月にはニッコウキスゲやササユリが咲き乱れる。晴天時には乗鞍岳、御嶽山が一望できる。湿地には池塘が点在する。
かつて標高約1、000mの準平原であったと考えられている。

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白木峰の湿原

白木峰ジオサイト | 富山市

白木峰の山頂周辺にある湿地。池塘が点在し、モウセンゴケ、イワショウブが群生している。晴天時には立山連峰、乗鞍岳、御嶽山が一望できる。最も東側にある池塘は「浮島の池」と呼ばれている。

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金剛堂山

白木峰ジオサイト | 富山市

富山市と南砺市の境にある飛騨変成岩類からなる標高1650mの山。山頂は3つのピーク(前金剛、中金剛、奧金剛)からなる。7月?8月にはニッコウキスゲの群落がみられる。山頂周辺の稜線には風衝草原が広がる。稜線の登山道沿いに池塘が点在する。


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富山湾ジオエリア

蜃気楼展望地

蜃気楼・ホタルイカジオサイト | 魚津市

魚津海岸は蜃気楼の名所として江戸時代までには全国に知られるようになっていた。主として4~5月、特定の気象条件のもとに海上に上暖下冷の気層が形成され、そこを通過する光線が屈折を受けて蜃気楼像を見せる。
魚津埋没林博物館では蜃気楼に関する展示とハイビジョン映像が見られる。

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ホタルイカ群遊海面

蜃気楼・ホタルイカジオサイト | 富山市、魚津市

富山湾を代表する生物ホタルイカが、産卵期の4~6月頃に海岸に集団で押し寄せる。産卵後、大量のイカが波で岸に打ち上げられる様子からホタルイカの「身投げ」の呼称がある。
「ホタルイカ群遊海面」として国の特別天然記念物に指定されている。(指定対象は海面であり生物としてのホタルイカではない)

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魚津の米騒動(旧十二銀行米蔵)

蜃気楼・ホタルイカジオサイト | 魚津市

大正7年に発生した米騒動は魚津の浜のおかみたちが蒸気船「伊吹丸」への米の積み込みを阻止しようとしたことに端を発するとされる。
当時魚津には大型船が入れる港はなく、また急に深くなる海底地形のため桟橋も建設できなかった。そのため大型船は沖に停泊し、小型船のはしけが往復して荷物の積み下ろしを行っていた。おかみたちはこのはしけへの積み込みを妨害したとされる。

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魚津港と万灯台

蜃気楼・ホタルイカジオサイト | 魚津市

角川河口にあった江戸時代の魚津港に出入りする船舶の安全のために設置された灯台。もともとは現在の位置より海に近い角川河口右岸にあったが、移設されている。
魚津の他の河川(早月川・片貝川)は急流で浅いため船が入れず、海岸は急に深くなるため桟橋の建設が困難だったため、緩やかな角川の河口が港となっていた。

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